ウァーチタバーリ(ようこそ)!レイです。
今回は与論島のお正月についてお話しします。
本土でも正月飾りをしたり、おせちを食べたりすると思いますが、与論島のお正月は少し違います。
家の門や玄関に飾られるしめ縄が独特なだったり、庭に“海岸の白砂を点々と置く”風習があったり。
そして与論島ではお正月にあわせて行われる 「年祝い」 の文化があります。
この記事では、与論島のお正月ならではの風習を、写真とあわせて紹介します。
移住を検討している方や、与論島の暮らしを知りたい方の参考になれば嬉しいです。
与論島のお正月ってどんな雰囲気?
与論島のお正月は、他地域の雰囲気とそれほど変わりはないように感じます。
でもその一方で、家々の玄関まわりや庭を見ていると、関東にいた頃には見られない習慣が見られます。
「お正月=家族でのんびり」というだけでなく、与論島では正月が 地域の行事・お祝いごとの季節でもあるんだなと感じました。
門・玄関に飾る“みかん付きの飾り”【写真あり】
年末になると玄関先に、しめ縄を飾るお家が全国どこでも見られると思います。

こんな感じの。
与論島では、一般的に思い浮かべるしめ縄とはちょっと雰囲気の違うしめ飾りを飾ります。

年末に近くなってくると、スーパーなどで購入できるようです。
飾りを付ける場所は、家の敷地の入り口である門に付けられていることが多いです。
敷地の入り口・門に取り付けにくい場合、玄関先に取り付けています。
しめ飾りの下をくぐって敷地・玄関に入れるよう、高さを出すために竹を立てて取り付けているお家もあります。
くぐるれるように取り付けることに何か意味があるのかも?
真ん中にみかんが付いているのが特徴で、お正月らしい冬っぽい雰囲気を感じます。
地域によって意味合いは違うかもしれませんが、正月飾りとして家に飾る「みかん」(本来は橙(だいだい))は、「代々(だいだい)」と語呂を合わせ、子孫繁栄を願う縁起物で、鏡餅の飾りとして使われますが、玄関用しめ縄や飾りにも使われ、家が代々栄えるという意味合いが込められているとのこと。
庭に砂を点々と置く風習【写真あり】
そして、もうひとつ関東で見たことなくて不思議だなと感じたのがこれ。

庭や玄関周りに、砂を点々と置くこと。
海岸で取ってきた白砂を撒くという風習は、塩を撒くと同じようにお清めの意味があるそうです。
与論だけではなく、近隣の奄美群島の島でも同じような風習があるみたいです。
与論島のお正月は「年祝い」がすごい
与論島のお正月文化で、個人的に一番「島らしいな」と思ったのが 年祝い です。
全国的には還暦・米寿などの「長寿祝い」を行いますが、個人の誕生日に家族でお祝いすることが一般的だと思います。(少なくともうちの実家はそうでした)
与論では、お正月に年祝いをします。
「長寿」だけではなく、子供の歳からされるお祝いです。
そして家族でお祝いするだけではなく、同級生と集まってお祝いの会を開いたりします。
与論の年祝いって?
与論の年祝いは簡単にいうと、干支が一回りして自分の年が巡ってくるタイミングでお祝いをすること。
節目の年(年男・年女)を迎える人を祝う文化です。
(厳密に言うと、早生まれの人は自分の干支ではない歳で祝われることもあります。)本来は、年明け最初に来るその年の干支の日にお祝いするそうですが、今では家族の都合に合わせて正月三が日や、土日に行うことが多いようです。
与論町役場HPでも紹介されています!
与論町HP:与論島の民俗・文化(冠婚葬祭)
https://www.yoron.jp/kiji0032334/index.html
13歳・13祝い(最初の年祝い)
一般的には干支が一回りするのは12歳になる年ですが、与論では数え年で祝うため、13歳として祝います。
これを「13祝い」と言っています。
現在は各小学校の5年生の保護者が主催して、同じ学年の子どもたちを集めて祝っています。
(同学年の子たちで行うので、前述したように早生まれの子は自分の干支のタイミングではないんです。)
親が余興したり、主役の子たちも出し物を披露したり。
そのため、5年生のPTA学級委員長・副委員長になると、企画・運営が結構大変だそうです。
昔は各家庭ごとに祝っていたとも聞きました。
特に女の子は盛大に祝われたそうで、「次の祝い(25歳)までには嫁いでいるかもしれない」「実家で祝う最初で最後のお祝いになるかもしれない」という考えがあったため、特別に大切にされたみたいです。
25歳・ハマンタヨイ
次の節目は25歳の「ハマンタヨイ」。
昔はこの年齢までに結婚していない女性は恥ずかしいとされる風潮もあったそう。
今の感覚からすると信じられない価値観です。
当時はそれだけ「家」「地域」「女性の人生」が結びついていた時代背景があったのだと思います。
37歳・特に呼び名なし
37歳は特別な言い方や、特に大きな祝いはないそう(?)です。
49歳・クントゥグンジュー
次の大きな節目が 49歳の祝い「クントゥグンジュー」。
実は私が移住して初めて参加した年祝いがクントゥグンジューでした。
移住して最初の年越しをした正月、義理のヤカ(兄)と、義理のアンニャー(姉)のクントゥグンジューをしました。
15人くらい集まって、家で鍋を囲んでお祝いしました。
多分、与論献奉したと思います。有泉のおかげで記憶にございませんが。
61歳・還暦〜73歳・85歳の祝い
その次は 61歳の還暦。還暦は全国的にもよくお祝いしますよね。
でも与論では、ここから先の年祝いで、特有の供え物や飾りが登場します。
義父のこの年祝いでは、大根とニンジンでお花を作り、笹の葉っぱを取った枝に刺し、さらに昆布を細く切って枝に巻きつけたものを飾りました。

親戚全員でご先祖様にハガンで(拝んで)から、お酒、スーマシ(餅粉を水と混ぜてねったお団子)、ピムン(干物)と塩を、お祝いに来た方に順番に振る舞います。
その後は、用意した料理を食べお酒を飲みながら宴会です。
途中でもちろん与論献奉も始まります。
長女がエイサーをして、ヤカ・アンニャーが懐メロで踊り、ワラビンチャー(子ども達)が自由に踊り、すごく楽しいお祝いの会になりました。
「20歳の集い」(以前の成人祝い)もある
与論島では 20歳の集い(以前の成人祝い) も正月に行う大切な行事です。
地元を離れて暮らしている人も、この時期は帰省して集まったりすることもあるそうで、
地域全体で若者を祝う雰囲気があります。
スーパーでは早々に『20歳の集いの日のオードブル予約は終了しました』と張り紙が出ます。
その張り紙を見て毎年、もう年末も近いのか、と思ってます。
こういうお正月に行う恒例行事があると、島を出た人ともつながりが残りやすいのかもしれません。
そのほかの与論島のお正月の行事いろいろ
与論島のお正月は、家の中の風習や年祝いだけでなく、「お正月ならではの行事」もいくつかあります。
プリシアの餅つき大会
毎年だいたい1月2日ごろに、プリシアリゾートヨロンで餅つき大会が行われています。
臼と杵を使っての餅つきをやらせてもらえます。
また、島唄バンドの演奏やエイサーの演舞も見られます。

宿泊者だけでなく、地元の人や帰省中の人も見に行ったり参加したりしていて、お正月らしい雰囲気を感じられるイベントです。
娘がエイサーをしているので、毎年行っていますがつきたてのお餅、美味しいです!
初日の出は見られる?
「南の島だから初日の出きれいに見られそう!」と思いがちですが、実は与論島のお正月は曇りが多いです。
初日の出を見るなら、東側の海岸へ行くと水平線から昇る太陽を見ることができます。
ただし…天気が味方してくれればの話。
ちなみに去年は曇り、今年は雨という感じで、意外と難易度高めです(笑)
晴れた年に当たればラッキー、くらいの気持ちで行くのがおすすめです。
お正月の与論島のお店の営業状況について
与論島でお正月を過ごす場合、ひとつ知っておきたいのがお店の営業状況です。
本土だと元日から営業しているスーパーやコンビニも多いですが、与論島では少し事情が違います。
基本的に、年末は閉店時間早め&1月1日はほとんどのお店がお休みになります。
スーパーや商店、飲食店なども閉まっているところが多く、「あれ?どこも開いてない…」となることも。
1月2日からは、少しずつ営業を始めるお店が出てきますが、時短営業で通常営業とは違うことが多いです。
なので、事前に必要な食料や日用品を少し多めに用意しておくと安心です。
観光で来る方も、ここは要注意です。
🌺まとめ
与論島のお正月は、
- 玄関の飾り
- 庭の砂の風習
- 年祝い(年男・年女)
- 20歳の集い
など、いろんな与論ならではの風習がたくさん残っています。
年越しカウントダウンイベント!花火!のような派手なイベントはありませんが、子どもがいる家庭なら、こういう文化を身近に体験できるのもすごく貴重だと思います。